少し前の話になるが、ケニアのWestern県とNyanza県に視察旅行に出かけた時に、Oyugis*でユニークな活動をしている農業インプット販売店(agrovetもしくはstockistと呼ばれている)の店主(Mr. Innocent)に出会った。店は地方の販売店には珍しく、綺麗に整理整頓されていて、奥に接客用のスペースまであった。雰囲気が少し他の販売店とは違うなと思いつつ、店主に色々話を聞いてみると、経営面で面白い話が幾つも出てきた。忘れないうちに記録しておきたいと思う。
彼は店の近所に小さい実験圃場を設置して、そこで新しいインプットや農業技術のデモンストレーションをしていている。時には販売する種子や肥料(あるいは農法)を使う区画と使わない区画を隣り合った場所に設置し、収量を比較するといった対照実験も行っているそうだ。その圃場に月2回程顧客を招待しワークショップを開き技術指導を行い、紹介した種子・化学品・肥料などを販売している。
民間セクターでは種子メーカーや流通業者が、商品の販促のためにデモンストレーション農園で技術指導を行う事はあるが、個人経営の販売店が独自に行っているケースは珍しく、驚いた。私が知っているのは高々ウガンダとケニアの事情だが、小売店の農業普及活動はBBCのWeb記事以外聞いたことが無かった。しかも、商売として成立し顧客も増えているそうで、中々やるもんだと感心した。
現代の農業技術は高収量種や化学薬品などの商品に体化しているものが多いので、技術普及が商品の販売と直接結びつくケースが多い。だから商品の販売促進のため、メーカーや販売店が普及活動をするインセンティブはある。ただし、普及活動がメーカーであれば自社製品の販売に、販売店であれば自分の店での販売に繋がらなければならない。普及活動をしても参加した農家が、他のメーカーの似たような商品を買ったり、他の販売店の商品を買ったりしては、利益に繋がらず、意味が無いからだ。だから、メーカーが自社製品を売るためには製品の差別化が必要で、メーカーが実施する普及活動ではその製品の違いをアピールしている。一方、製品の差別化が出来ない販売店では、Innocentの店で行っている様に、顧客登録をしてもらい顧客の囲い込みが必要である。顧客を囲い込むためには、ある程度顔の見える関係を築くこと大事なので、Oyugisがあまり大きな街でないのも、成功している理由かもしれない。
販売店による普及活動と商品販売の抱き合わせのビジネスモデルの成功ケースを見ると、逆に、何故これまでやられていなかったんだろう、また、何で他の店はやらないんだろうという疑問が湧く。
これまでこうした販売店がなかった理由は、ビジネスモデルも一種のイノベーションなので、そうしたアイデアを思いつき実践する人がこれまで居なかった、ということだろう。ただし、マーケットが、これまで以上にそうしたビジネスモデルが成功し易い環境へと変化しているのも事実だ。ケニアでも多くの地域で道路が良くなり市場へのアクセスが改善しているし、土地の稀少性が増し単収を上げる技術への潜在的な需要も高まっている。つまり、技術のリターンが以前より大きくなっているのだ。
他の販売店の中から追随者が出てくるがどうかは、先駆者の成功に掛かっているが、私は、Innocentの店の成功で、似たようなことを始める店が多数出て来るのではないかと予想している。どの地域でも上手く行くとは思わないが、上手く行く地域では、公的機関が行う普及活動よりも技術普及に貢献するだろう。
一般に公的機関が担う農業普及は、その非効率性が問題になることが多い。普及員があまり活動しない、あるいは、技術を紹介してもなかなか普及しないという話は良く聞く。前者は、普及員のインセンティブ・システムの構築が困難なことに起因する。後者は、紹介する技術が農民の利益に繋がらない場合が儘あるからだと思う。ある技術が儲かるか儲からないかは場所とタイミングに大きく左右されるので、プランナーによる技術の選択は容易ではない。更に、公的資金や援助で行われる場合、紹介される技術がその場所に不適合でも普及活動はしばらく続く。こうした要因で、公的な農業普及の効率性が上がらないのだ。
少なくとも、農業のポテンシャルのある地域では、農業技術の普及に対する民間部門の役割は大きくなっていくだろう。
もう一つInnocentの店で驚いたのは、彼の店では登録した優良顧客に対し、商品の信用売りをしていたことだ。担保はとらず、無利子で、支払いは収穫の後で良いという、何とも気前の良いサービスを提供していた。しかも、去年の旱魃で収穫がほとんど台なしだった時は、返済を更に1シーズン待ってあげたそうだ。信用売りをする顧客の条件は、顧客登録後6ヶ月以上たっていて、ワークショップに参加し、やる気のあるヤツだそうだ。信用売りを始めた当初は、貸し倒れが何件かあったそうだが、現在の貸出ルールを確立してからは、貸し倒れは殆ど無いらしい。ここでも、顔の見える関係を構築していることが、このシステムが機能する重要な要因になっているようだ。現金を貸すのとは違い、無駄遣いする可能性がある訳ではないので、どういう人物でどの位の土地・資産を持っているかが分かれば、返済できるかどうかの判断は難しくない。経済学で言うところの、貸し手と借りての間の情報の非対称性(貸し手が借り手のタイプが分からない)による逆選択の問題が小さいケースなのである。
今回の視察旅行でMr. Innocentと会えたお陰で、技術普及・小規模金融の発展の鍵は民間に有ということを再確認した。
*OyugisはKisiiから車で北へ30分くらいの所にあるNyanza県の街である。
2010/10/14
2010/09/24
穀物保険(Kilimo Salama)の現状視察
以前のポストで紹介した天候インデックス型穀物保険(Kilimo Salama)の現状を知るために、9月14日から4日間WesternとNyanza方面を回って、保険を取り扱っている農業インプット販売店を訪問し、話を聞いてきた。
以下聞き取りの内容を中心に、Kilimo Salamaの現状を述べる。
Kilimo Salama の特徴
1. 天候インデックス穀物保険である。対象の穀物はメイズと小麦で、保険加入者に対し、旱魃(drought)と超過雨(excess rain)の場合に保険金の支払いが行われる。保険金支払の判定は保険購入者の最寄の天候観測所のデータを元になされる。
2. 農業インプットとの抱き合わせで販売される。保険はインプットコストの5%を支払うことで加入できる。保険金は最大でインプットコストの100%を補償する。
3. 保険加入が農業インプット販売店でのモバイル操作で完了する。書類への記入などは必要ない。
4. 保険金がモバイル・マネー(M-pesa)で支払われる。
Kilimo Salama の展開
Kilimo Salamaのパイロット・プロジェクトは2009年の2−3月にNanyukiで始まり、今年(2010年)の2−3月から他の地域でも展開を始めた。耕作期が2期ある地域では、この8-9月にも販売されている。
現時点で、36店舗でKilimo Salamaの販売が行われおり、延11,000人の顧客が保険を購入している。
訪問した販売店で、保険購入者数、掛け金の合計額を聞き取りしたが、記録をつけている販売店が少なく、大まかな数字しか分からなかった。ただし、まだまだ保険加入率は非常に低い。販売員へのインタビューでは、加入率が低い理由として、認知度が低い、保険に対して良いイメージを持っていない等が挙げられた。認知度を上げるための活動としては、ラジオ番組・新聞での告知、農民グループを対象とするワークショップでの宣伝、店頭での宣伝という方法が取られている。
穀物保険の存在を知っていたとしても、その多くがまだ様子を伺っているようである。Busiaに近いFunyulaのAgrovetで聞いた話によると、今年の第一耕作期に保険購入者に対し払い戻しがあり、第二耕作期に加入者が急増した、ということがあったそうだ。逆に払い戻しが無く、次期の加入者が減少するというケースもあり得る。幾つかの販売店で、加入者から天候不良なのに保険金支払がない、というクレームがあったと言う話も耳にした。
現時点では、加入率が低く、販売した保険額も小さく、ビジネスとして成立するレベルでは無い。今後しばらくの間は、援助機関のサポート無しでは運営は困難なように思う。また、農民への効果も限定的で、保険商品を改善していく必要性がありそうだ。例えば、掛け金が高くて、保険金額も大きいという商品があったら良いという声があった。
Kilimo Salama の対象地域
現在、保険販売を行っている農業インプット販売店(agrovet)の所在地は以下の通りである。(それぞれの地域の取り扱い店の数、天候観測所の数を括弧内に分かる範囲で示した。)保険の対象となる農家は最寄の観測所から直線距離で20km以内とされている。ただし、最寄の観測所は保険加入者の自己申告によるので、範囲外でも購入は可能。
Central県
Embu
Western県
Busia /Bungoma (取扱店:12店・観測所:7箇所)
Rift Valley県
Eldoret (取扱店:9店・観測所:7箇所)
Nanyuki
Nyanza県
Oyugis/Homa Bay(取扱店:9店・観測所:5箇所)
今回聞き取りを行ったのは、上記のうちEldoret(2店)・Bungoma(2店)・Busia(3店)・Oyugis(2店)。

以下聞き取りの内容を中心に、Kilimo Salamaの現状を述べる。
Kilimo Salama の特徴
1. 天候インデックス穀物保険である。対象の穀物はメイズと小麦で、保険加入者に対し、旱魃(drought)と超過雨(excess rain)の場合に保険金の支払いが行われる。保険金支払の判定は保険購入者の最寄の天候観測所のデータを元になされる。
2. 農業インプットとの抱き合わせで販売される。保険はインプットコストの5%を支払うことで加入できる。保険金は最大でインプットコストの100%を補償する。
3. 保険加入が農業インプット販売店でのモバイル操作で完了する。書類への記入などは必要ない。
4. 保険金がモバイル・マネー(M-pesa)で支払われる。
Kilimo Salama の展開
Kilimo Salamaのパイロット・プロジェクトは2009年の2−3月にNanyukiで始まり、今年(2010年)の2−3月から他の地域でも展開を始めた。耕作期が2期ある地域では、この8-9月にも販売されている。
現時点で、36店舗でKilimo Salamaの販売が行われおり、延11,000人の顧客が保険を購入している。
訪問した販売店で、保険購入者数、掛け金の合計額を聞き取りしたが、記録をつけている販売店が少なく、大まかな数字しか分からなかった。ただし、まだまだ保険加入率は非常に低い。販売員へのインタビューでは、加入率が低い理由として、認知度が低い、保険に対して良いイメージを持っていない等が挙げられた。認知度を上げるための活動としては、ラジオ番組・新聞での告知、農民グループを対象とするワークショップでの宣伝、店頭での宣伝という方法が取られている。
穀物保険の存在を知っていたとしても、その多くがまだ様子を伺っているようである。Busiaに近いFunyulaのAgrovetで聞いた話によると、今年の第一耕作期に保険購入者に対し払い戻しがあり、第二耕作期に加入者が急増した、ということがあったそうだ。逆に払い戻しが無く、次期の加入者が減少するというケースもあり得る。幾つかの販売店で、加入者から天候不良なのに保険金支払がない、というクレームがあったと言う話も耳にした。
現時点では、加入率が低く、販売した保険額も小さく、ビジネスとして成立するレベルでは無い。今後しばらくの間は、援助機関のサポート無しでは運営は困難なように思う。また、農民への効果も限定的で、保険商品を改善していく必要性がありそうだ。例えば、掛け金が高くて、保険金額も大きいという商品があったら良いという声があった。
Kilimo Salama の対象地域
現在、保険販売を行っている農業インプット販売店(agrovet)の所在地は以下の通りである。(それぞれの地域の取り扱い店の数、天候観測所の数を括弧内に分かる範囲で示した。)保険の対象となる農家は最寄の観測所から直線距離で20km以内とされている。ただし、最寄の観測所は保険加入者の自己申告によるので、範囲外でも購入は可能。
Central県
Embu
Western県
Busia /Bungoma (取扱店:12店・観測所:7箇所)
Rift Valley県
Eldoret (取扱店:9店・観測所:7箇所)
Nanyuki
Nyanza県
Oyugis/Homa Bay(取扱店:9店・観測所:5箇所)
今回聞き取りを行ったのは、上記のうちEldoret(2店)・Bungoma(2店)・Busia(3店)・Oyugis(2店)。

今回の旅の軌跡
走行距離約1500km
走行距離約1500km
2010/08/30
ウガンダの中等学校(セカンダリースクール)無償化政策
先週、またまたウガンダに行ってました。最近は農業関連のプロジェクトばかりに携わっていましたが、今回はがらりと趣きを替えウガンダの教育事情の視察に、主に中等学校を訪問し、学校関係者に話を聞いてきました。
今回我々が注目していたのは、2007年に始まった中等学校(前期)の無償化政策*(Universal Secondary Education、以下USEと記す)です。これまで行ってきたウガンダでの農村家計調査の対象地域の中等学校を中心に周り、その政策が子供たちの教育に、学校に、また地域にどういう影響を与えたのか、色々と見聞きしてきました。アポイントもなく訪問した珍客に先生・事務の方々は大変親切に対応してくれました。
ウガンダの初等中等教育システムは、初等学校(プライマリースクール)が7年間、中等学校の前期(O-level)が4年間、後期(A-level)が2年間となっています。生徒は初等学校の最終年で統一テスト(Primary Leaving Examinations)**を受け、パスすると中等学校へ進学できます。進学すると中等学校前期の最終年でまた統一テスト(Uganda Certificate of Education)があり、その成績に応じて中等学校後期への進学の資格が取得できるかどうか決まります。後期に進学した生徒は最終年(2年目)に統一テスト(Uganda Advanced Certificate of Education)を受け、その成績をもとに希望の大学・学部へ進学できるかどうかが決まります。後期へ進学しない又はできない生徒は、職業学校(教員養成学校を含む)やその他専門学校へ進学するか又は働くかを選択をします。
USE政策の対象となる生徒は、07年以降に中等学校へ進学した中等前期の生徒で、かつ初等科7年生で受けたPLEの合計スコアが、28ポイント以下の生徒達です。PLE受験者の約70−80%の生徒は、そのUSE適用基準をクリアします。ただし、無償化政策以降も、全ての公立校で授業料が無料になったわけではなく、政府の助成を受け取る学校(USEスクール)とそうでない学校(非USEスクール)があり、非USEスクールの生徒は、PLEの成績がUSE基準を満たしていても、授業料を支払います***。
今回の調査旅行では、カンパラ以東の中等学校を12校回りましたが、USEに対する教育関係者・地域住民の評価は高く、大雑把に集約すると「改善の余地は大いにあるが、良い政策だ」ということになります。特に、これまで金銭的理由で中等学校に行くのが困難だった貧しい家計の生徒に、進学できる機会が与えられた事を評価する声が多かったです。とは言え問題も多い政策です。一番の問題は、教育の質の低下の問題です。生徒数の急増に教員数・施設の拡充が追いついていない学校が多く、話を聞いた学校でも1クラスに100人以上という学校が幾つもありました。また、採点作業等の負担の増加で、教員の授業へのモチベーションが下がった、生徒の増加に伴いやる気のない生徒も増え、生徒の学力レベルが下がった、という話も聞かれました。教員不足で特に深刻なのは、理数系科目です。1学年の生徒数が100名以上の中規模の学校でも、数学・物理・化学などの教科を担当する常勤の教員が一人もおらず、非常勤教師で対応している学校が幾つもありました。ただし、理数科教員不足は、ウガンダ特有の問題ではなく、ケニアその他のアフリカ諸国でも同様の問題を抱えているようです。(知人がケニアで理数科教育強化プロジェクトで奮闘しています。)一般に労働市場において理工系出身者に対する需要が高く(その割に供給が少なく)、理工系出身者は教育界以外により良い就業機会があるということの証左だと思われます。
USE校の教育の質の低下に伴い、当然の反応として、金銭的な余裕がある家庭では子供を非USE校へ送ります。因みに、ウガンダでの我々の調査のカウンターパートであるマケレレ大学の調査チームの面々の子息も、皆例外なく、USE校ではなく、私学か公立非USE校に通わせています。日本の学区制の様な制度は存在しないので、金銭的な余裕がありさえすれば、学校の選択は全くの自由で遠方の学校に子供を送るというのも一般的です。学校選択が自由なので、特に私学では学校の評判を上げるのに苦心しているようです。学校の成績を上げるためにUSE校の優秀な生徒を、ヘッドハントし特待生として受け入れるケースもあると聞きました。
ウガンダの初等・中等教育の概要を把握するのに、幾つかの指標のトレンドを教育省の公式統計から拾ってみました。以下のグラフは初等・中等学校の生徒数・教師数・学校数の2000年の値を1と基準化して、その後の変化示しています。

USE政策は07年に開始したのですが、グラフをよく見てみると、導入前05年くらいからトレンドが変化し、急激な増加傾向を示しています。(01年から05年で中等学校数が減少しているが、どうやら教育省のデータの不備のせいで、実際には増えているようだ。)生徒数が導入以前から増加しているのは、97年導入のUPEの裨益者達が初等学校を卒業し、中等学校へ進学するケースが増えたためと思われます。(ムセベニ大統領が06年の大統領選のキャンペーンで、USEを公約していたので、USE導入を期待して進学した生徒もいると思われます。ただし、07年より前に入学した生徒にはUSEは適用されていません。)教員数も学校数も増加しておりますが、生徒の増加には追いついておらず、09年の生徒・教員比率(1,194,454(生徒数)/65,045(教師数))は18.4人で、00年と比較し悪化しています。(教師数は常勤と非常勤を区別していないので、複数校掛け持ちの非常勤教師をダブルカウントしているものと思われます。インタヴューした限りでは、複数校掛け持ちの非常勤教師は相当いました。)
今年は、07年のUSE導入後入学した生徒達が統一テスト(UCE)を受ける年で、10月・11月に行われるテストの結果が来年の初めには明らかになります。USE校と非USE校とのUCEの成績の違い、前年度との成績の比較などUSE政策の教育の達成度への影響が客観的に評価されることになります。(ウガンダの友人は公表されるデータは意図的に操作せれているだろう、と言ってますが…。)研究の題材として色々なネタを提供してくれそうなウガンダの教育部門には、しばし注目してみたいと思います。
*因みに初等学校の無償化政策(Universal Primary Education)は、1997年に始まり、公立校では原則授業料は無料となっている。UPEもUSEも大統領選での公約で、大統領選挙後に実施された。
** PLE証書を取得するのに必要な筆記試験で、英語・数学・科学・社会の4教科からなり、それぞれの科目で、1(最高評価)から9(最低)のスコアが与えられ、それらの合計点でGradeが決まる。合計で4-12ポイントがGrade1、13-23がGrade2、24-29がGrade3、30-34がGrade4となっています。Grade1-4の受験者にはPLE証書(Certificate)が授与され、進学の資格が与えられる。下の円グラフは09年のPLE受験者のGrade毎の割合を示している。(なお、受験者数データはNew Visionの記事から拾ったが、パーセンテージが記事と微妙に合わない。受験者数の間違いか、パーセンテージの計算間違いのいずれかであるが、新聞記者のご愛嬌ということで見逃して欲しい。新聞記事も(公式統計も)端から信ずるべからず。)

***一般に、公立でも元々高い授業料を課していた進学校などは政策の適用外となっている。また、私立校の中にも、USE助成を受けるUSEスクールがある。地域に公立のUSE スクールが少なく、かつ学校運営に関して一定の基準(例えば、先生の数、施設の充実度)を満たしてる場合は助成の対象になるようだ。(公式の採用基準については、現在資料を収集中。)USEスクールは、一学期あたり公立校で生徒一人につき41,000USH(約1,535円)、私立校で47,000USH(約1,760円)を受け取り、生徒からの授業料の代わりに学校運営費として運用する。公立のUSE校で助成額が少なくなっているは、USE助成の他にフルタイムの教師の給与が政府より支払われるためである。なお、学校年度(school year)は2月に始まり、12月初めに終わる。3学期(term)制である。USE助成は3月中旬に行われる教育省による人数調査(head counting)に基づき支給される。今回の学校関係者へのインタヴューの中で、政府からの支払いが遅れるため、しばしば学校運営の支障をきたすと発言する方が多かった。



今回我々が注目していたのは、2007年に始まった中等学校(前期)の無償化政策*(Universal Secondary Education、以下USEと記す)です。これまで行ってきたウガンダでの農村家計調査の対象地域の中等学校を中心に周り、その政策が子供たちの教育に、学校に、また地域にどういう影響を与えたのか、色々と見聞きしてきました。アポイントもなく訪問した珍客に先生・事務の方々は大変親切に対応してくれました。
ウガンダの初等中等教育システムは、初等学校(プライマリースクール)が7年間、中等学校の前期(O-level)が4年間、後期(A-level)が2年間となっています。生徒は初等学校の最終年で統一テスト(Primary Leaving Examinations)**を受け、パスすると中等学校へ進学できます。進学すると中等学校前期の最終年でまた統一テスト(Uganda Certificate of Education)があり、その成績に応じて中等学校後期への進学の資格が取得できるかどうか決まります。後期に進学した生徒は最終年(2年目)に統一テスト(Uganda Advanced Certificate of Education)を受け、その成績をもとに希望の大学・学部へ進学できるかどうかが決まります。後期へ進学しない又はできない生徒は、職業学校(教員養成学校を含む)やその他専門学校へ進学するか又は働くかを選択をします。
USE政策の対象となる生徒は、07年以降に中等学校へ進学した中等前期の生徒で、かつ初等科7年生で受けたPLEの合計スコアが、28ポイント以下の生徒達です。PLE受験者の約70−80%の生徒は、そのUSE適用基準をクリアします。ただし、無償化政策以降も、全ての公立校で授業料が無料になったわけではなく、政府の助成を受け取る学校(USEスクール)とそうでない学校(非USEスクール)があり、非USEスクールの生徒は、PLEの成績がUSE基準を満たしていても、授業料を支払います***。
今回の調査旅行では、カンパラ以東の中等学校を12校回りましたが、USEに対する教育関係者・地域住民の評価は高く、大雑把に集約すると「改善の余地は大いにあるが、良い政策だ」ということになります。特に、これまで金銭的理由で中等学校に行くのが困難だった貧しい家計の生徒に、進学できる機会が与えられた事を評価する声が多かったです。とは言え問題も多い政策です。一番の問題は、教育の質の低下の問題です。生徒数の急増に教員数・施設の拡充が追いついていない学校が多く、話を聞いた学校でも1クラスに100人以上という学校が幾つもありました。また、採点作業等の負担の増加で、教員の授業へのモチベーションが下がった、生徒の増加に伴いやる気のない生徒も増え、生徒の学力レベルが下がった、という話も聞かれました。教員不足で特に深刻なのは、理数系科目です。1学年の生徒数が100名以上の中規模の学校でも、数学・物理・化学などの教科を担当する常勤の教員が一人もおらず、非常勤教師で対応している学校が幾つもありました。ただし、理数科教員不足は、ウガンダ特有の問題ではなく、ケニアその他のアフリカ諸国でも同様の問題を抱えているようです。(知人がケニアで理数科教育強化プロジェクトで奮闘しています。)一般に労働市場において理工系出身者に対する需要が高く(その割に供給が少なく)、理工系出身者は教育界以外により良い就業機会があるということの証左だと思われます。
USE校の教育の質の低下に伴い、当然の反応として、金銭的な余裕がある家庭では子供を非USE校へ送ります。因みに、ウガンダでの我々の調査のカウンターパートであるマケレレ大学の調査チームの面々の子息も、皆例外なく、USE校ではなく、私学か公立非USE校に通わせています。日本の学区制の様な制度は存在しないので、金銭的な余裕がありさえすれば、学校の選択は全くの自由で遠方の学校に子供を送るというのも一般的です。学校選択が自由なので、特に私学では学校の評判を上げるのに苦心しているようです。学校の成績を上げるためにUSE校の優秀な生徒を、ヘッドハントし特待生として受け入れるケースもあると聞きました。
ウガンダの初等・中等教育の概要を把握するのに、幾つかの指標のトレンドを教育省の公式統計から拾ってみました。以下のグラフは初等・中等学校の生徒数・教師数・学校数の2000年の値を1と基準化して、その後の変化示しています。

初等・中等教育に関する指標の変化
(2000年値=1, 初等教育指標:破線, 中等教育指標:実線 )
Source: Ministry of Education and Sports
(2000年値=1, 初等教育指標:破線, 中等教育指標:実線 )
Source: Ministry of Education and Sports
USE政策は07年に開始したのですが、グラフをよく見てみると、導入前05年くらいからトレンドが変化し、急激な増加傾向を示しています。(01年から05年で中等学校数が減少しているが、どうやら教育省のデータの不備のせいで、実際には増えているようだ。)生徒数が導入以前から増加しているのは、97年導入のUPEの裨益者達が初等学校を卒業し、中等学校へ進学するケースが増えたためと思われます。(ムセベニ大統領が06年の大統領選のキャンペーンで、USEを公約していたので、USE導入を期待して進学した生徒もいると思われます。ただし、07年より前に入学した生徒にはUSEは適用されていません。)教員数も学校数も増加しておりますが、生徒の増加には追いついておらず、09年の生徒・教員比率(1,194,454(生徒数)/65,045(教師数))は18.4人で、00年と比較し悪化しています。(教師数は常勤と非常勤を区別していないので、複数校掛け持ちの非常勤教師をダブルカウントしているものと思われます。インタヴューした限りでは、複数校掛け持ちの非常勤教師は相当いました。)
今年は、07年のUSE導入後入学した生徒達が統一テスト(UCE)を受ける年で、10月・11月に行われるテストの結果が来年の初めには明らかになります。USE校と非USE校とのUCEの成績の違い、前年度との成績の比較などUSE政策の教育の達成度への影響が客観的に評価されることになります。(ウガンダの友人は公表されるデータは意図的に操作せれているだろう、と言ってますが…。)研究の題材として色々なネタを提供してくれそうなウガンダの教育部門には、しばし注目してみたいと思います。
*因みに初等学校の無償化政策(Universal Primary Education)は、1997年に始まり、公立校では原則授業料は無料となっている。UPEもUSEも大統領選での公約で、大統領選挙後に実施された。
** PLE証書を取得するのに必要な筆記試験で、英語・数学・科学・社会の4教科からなり、それぞれの科目で、1(最高評価)から9(最低)のスコアが与えられ、それらの合計点でGradeが決まる。合計で4-12ポイントがGrade1、13-23がGrade2、24-29がGrade3、30-34がGrade4となっています。Grade1-4の受験者にはPLE証書(Certificate)が授与され、進学の資格が与えられる。下の円グラフは09年のPLE受験者のGrade毎の割合を示している。(なお、受験者数データはNew Visionの記事から拾ったが、パーセンテージが記事と微妙に合わない。受験者数の間違いか、パーセンテージの計算間違いのいずれかであるが、新聞記者のご愛嬌ということで見逃して欲しい。新聞記事も(公式統計も)端から信ずるべからず。)

***一般に、公立でも元々高い授業料を課していた進学校などは政策の適用外となっている。また、私立校の中にも、USE助成を受けるUSEスクールがある。地域に公立のUSE スクールが少なく、かつ学校運営に関して一定の基準(例えば、先生の数、施設の充実度)を満たしてる場合は助成の対象になるようだ。(公式の採用基準については、現在資料を収集中。)USEスクールは、一学期あたり公立校で生徒一人につき41,000USH(約1,535円)、私立校で47,000USH(約1,760円)を受け取り、生徒からの授業料の代わりに学校運営費として運用する。公立のUSE校で助成額が少なくなっているは、USE助成の他にフルタイムの教師の給与が政府より支払われるためである。なお、学校年度(school year)は2月に始まり、12月初めに終わる。3学期(term)制である。USE助成は3月中旬に行われる教育省による人数調査(head counting)に基づき支給される。今回の学校関係者へのインタヴューの中で、政府からの支払いが遅れるため、しばしば学校運営の支障をきたすと発言する方が多かった。

理科室。

女子寮。土間の上に何と3段ベッドが並んでいた。

今回の旅の軌跡
2010/07/05
M-Kesho (モバイルバンク口座)
Safaricomのモバイル・マネー絡みで新しいサービスが始まった。以前のエントリーでM-Pesa(ケニアのモバイル・ネットワーク・プロバイダーであるSafaricomがサービスを提供しているモバイル・マネー)を紹介したが、今度はEquity Bankと組んで、M-Keshoなるサービスを開始した。因みに"Kesho"は「明日」という意味のスワヒリ語。このサービス・アカウントはM-Pesa口座をもつ利用者であれば開設できる。(今のところ、National IDが必要で、PassportやAlien IDでは開設出来ないよう。)
M-Pesaが送金手段であるのに対し、M-Keshoは銀行口座で、預金には利子もつくし、小口(5,000Kshまで)の短期融資(30日間)の申請もできる。なお、申請が受理されるかどうかは、個人のクレジット履歴で判断される。利用者はM-Pesa口座とM-Kesho口座間の預金の振替、ローン申請、生命保険の加入など、色々な金融サービス取引を携帯電話のSMSで行うことができる。M-Pesa口座に移した預金は、通常のM-Pesa預金なので、M-Pesa取り扱いブースで現金化したり、SMSで送金したりできる。
預金に利子がつくだけじゃなく、小口融資の申請が簡単に行えるのは、日頃、小額の運転資金の工面に悪戦苦闘している町の物売りや零細企業にとっては非常に魅力的だ。モバイル技術の発展で、小口の金融サービスの取引費用が激減したために、個人商店主も零細農家もそうしたサービスの恩恵を受けられる様になってきた。今、ケニアの金融サービスの展開は目を離せない。ケニアの経済が10年後どうなっているか、非常に楽しみである。
追記:この金融サービスが可能になったのは、最近金融サービスに関する法律が改正されたからのようですが、同じ議会で価格統制法が可決されてたのは非常に頂けない。
M-Pesaが送金手段であるのに対し、M-Keshoは銀行口座で、預金には利子もつくし、小口(5,000Kshまで)の短期融資(30日間)の申請もできる。なお、申請が受理されるかどうかは、個人のクレジット履歴で判断される。利用者はM-Pesa口座とM-Kesho口座間の預金の振替、ローン申請、生命保険の加入など、色々な金融サービス取引を携帯電話のSMSで行うことができる。M-Pesa口座に移した預金は、通常のM-Pesa預金なので、M-Pesa取り扱いブースで現金化したり、SMSで送金したりできる。
預金に利子がつくだけじゃなく、小口融資の申請が簡単に行えるのは、日頃、小額の運転資金の工面に悪戦苦闘している町の物売りや零細企業にとっては非常に魅力的だ。モバイル技術の発展で、小口の金融サービスの取引費用が激減したために、個人商店主も零細農家もそうしたサービスの恩恵を受けられる様になってきた。今、ケニアの金融サービスの展開は目を離せない。ケニアの経済が10年後どうなっているか、非常に楽しみである。
追記:この金融サービスが可能になったのは、最近金融サービスに関する法律が改正されたからのようですが、同じ議会で価格統制法が可決されてたのは非常に頂けない。
2010/07/03
価格統制法
先週、ケニア議会でトウモロコシ・麦・燃料などの必需品の価格を統制する法案が可決されました(Daily Naitionの記事)。キバキ大統領が署名をすると施行されるようです。昨年の第一耕作期がひどい旱魃で、穀物価格が高騰し国民から不満の声が上がりました。それに反応した議員が去年議会に法案を提出していたようです。
価格統制の弊害は、経済学の初歩の初歩で習いますし、歴史が沢山の実例を示しています。なぜこんな法案が議会をあっさり通ってしまったのか疑問です。(たとえマトモな経済顧問がいないとしても、ドナー各国の関係者がイチャモンをつけそうなものですが…)
農産物の最高価格を設定すると、不作で供給が減ったとき、その値段で買いたくても手に入らない消費者が出てきます。その帰結として考えられるのは、i)一部の人々が特権的に生産物を取得し、店から商品が消える、ii)闇市ができて違法に取引される、iii)高値で取引されている近隣諸国に生産物が流れ、国内供給量がさらに減る、そんな所でしょう。更に、生産者側もこの法案に反応するでしょう。まず、対象作物が高値で売れなくなりますから、そうした作物の栽培のインセンティブが減り、供給が減ります。次いで、肥料や高収量品種などの農業インプットへの投資のリターンも下がりますから、投資を控えるようになり、生産性が下がり更に供給が減り、品不足に陥ることが予想できます。
勿論、価格規制が社会厚生を引き上げるケース(規制対象の財が、独占的に供給されていて価格が限界費用を超えている場合のみ)もありますが、どう考えてもケニアの農産物はそうしたケースには当てはまらないでしょう。
キバキ大統領はLondon School of Economicsで経済学を学んだそうですので、学んだことを活かして、是非ともこの法案を廃案に持ち込んで欲しいものです。
価格統制の弊害は、経済学の初歩の初歩で習いますし、歴史が沢山の実例を示しています。なぜこんな法案が議会をあっさり通ってしまったのか疑問です。(たとえマトモな経済顧問がいないとしても、ドナー各国の関係者がイチャモンをつけそうなものですが…)
農産物の最高価格を設定すると、不作で供給が減ったとき、その値段で買いたくても手に入らない消費者が出てきます。その帰結として考えられるのは、i)一部の人々が特権的に生産物を取得し、店から商品が消える、ii)闇市ができて違法に取引される、iii)高値で取引されている近隣諸国に生産物が流れ、国内供給量がさらに減る、そんな所でしょう。更に、生産者側もこの法案に反応するでしょう。まず、対象作物が高値で売れなくなりますから、そうした作物の栽培のインセンティブが減り、供給が減ります。次いで、肥料や高収量品種などの農業インプットへの投資のリターンも下がりますから、投資を控えるようになり、生産性が下がり更に供給が減り、品不足に陥ることが予想できます。
勿論、価格規制が社会厚生を引き上げるケース(規制対象の財が、独占的に供給されていて価格が限界費用を超えている場合のみ)もありますが、どう考えてもケニアの農産物はそうしたケースには当てはまらないでしょう。
キバキ大統領はLondon School of Economicsで経済学を学んだそうですので、学んだことを活かして、是非ともこの法案を廃案に持ち込んで欲しいものです。
2010/05/11
指紋押捺と借金回収
以前のエントリでも紹介しましたが、ケニアではモバイル・マネー(m-pesa)の急速な普及で、距離を隔てた個人間の金銭の受け渡しがここ2、3年で革命的に容易になりました。送金に掛かる手数料も少ないので、小額のやり取りにも使われます。これからは、今まで取引費用が高すぎて現実的では無かった小規模農家を対象にしたマイクロ信用・マイクロ保険などの金融サービスが色々出てくるのは間違いないでしょう。mpesaで貸してmpesaで返済してもらう、というのは技術的にすでに可能ですから、如何に低い費用で返済率の高いシステムが構築できるかで、マイクロ金融が今後発展するか否かが決まってきます。もし、小規模農家を対象とした低利のマイクロ金融が展開したら、信用制約の問題も緩和されアフリカ農村が変わるかもしれません。モバイル技術の発展でその期待はどんどん膨らんでいます。
そんな経緯で最近、どうしたらマイクロ金融の返済率が高まるかを調べています。「お金を貸すときに借りる人から指紋を取ると返済率が上がる」というのが今日読んだ Gine, Goldberg, Yang(2009)の実証的なファインディング。ちなみにGine and Yang (2008, JDE) は hkono氏のブログでも紹介されています。著者らはアフリカのマイクロ金融に関する研究課題をフィールド実験を使って実証した論文を幾つか書いていて、今回の論文もその一つです。
今回のフィールド実験はマラウィで試験的に行われた契約農業プロジェクト*の対象農家に対して行われたもので、農業インプットの掛売の集金を効率的に行う方法を検証しています。まず、1グループ15人から20人で構成されている契約農家を、グループ単位で無作為に治験群と対照群にわけます。対象農家はプロジェクトからパプリカ生産のための農業インプット(肥料・種・農薬等)0.5から1エーカー分を掛買いできますが、シーズン終了後に利息分と合わせて返済する必要があります。もし返済しなかった場合、今後掛買いの機会を失いますが、きちんと返済した場合、より高額の借入が可能になります。借入・返済のルールがいわゆる動学的インセンティブシステムに成っています。こうした共通のシステムの下、治験群の農家には借入時に、電子的に指紋のスキャン画像を取ることを要求し、対照群の農家には要求しない、という差別化をします。そして、シーズンの収穫時期後に集金を行い、2つのグループ間で返済率がどの程度違うかを計測し、指紋押捺の借金回収の効果を検証しています。更に、貸し倒れリスクの高いタイプの農家とそうでないタイプの農家で、指紋押捺の効果に差があるかどうかも検証しています。
結論は、貸し倒れリスクの高いタイプの農家の返済率への影響は大きく、統計的に有意な効果があるが、そうでないタイプの農家は小さく有意な効果はない、というものでした。この結果は、指紋押捺することで、個人認証がより正確にできるようになるため、特に貸し倒れリスクの高い農家にとって、動学的インセンティブシステムがより機能するようになる、つまり、契約不履行の場合の将来の借り入れ機会喪失という脅しが、空脅しではなく確かな脅しとして機能するようになり返済率が高まる、と解釈できます。
*パプリカ(香辛料の原料)の輸入・加工・販売を行っているオランダの企業Cheetah Paprika Limited(CP)が、政府系金融機関のマラウィ地域金融法人(Malawi Rural Finance Corporation (MRFC))と共同で2007年に行ったプロジェクト。
そんな経緯で最近、どうしたらマイクロ金融の返済率が高まるかを調べています。「お金を貸すときに借りる人から指紋を取ると返済率が上がる」というのが今日読んだ Gine, Goldberg, Yang(2009)の実証的なファインディング。ちなみにGine and Yang (2008, JDE) は hkono氏のブログでも紹介されています。著者らはアフリカのマイクロ金融に関する研究課題をフィールド実験を使って実証した論文を幾つか書いていて、今回の論文もその一つです。
今回のフィールド実験はマラウィで試験的に行われた契約農業プロジェクト*の対象農家に対して行われたもので、農業インプットの掛売の集金を効率的に行う方法を検証しています。まず、1グループ15人から20人で構成されている契約農家を、グループ単位で無作為に治験群と対照群にわけます。対象農家はプロジェクトからパプリカ生産のための農業インプット(肥料・種・農薬等)0.5から1エーカー分を掛買いできますが、シーズン終了後に利息分と合わせて返済する必要があります。もし返済しなかった場合、今後掛買いの機会を失いますが、きちんと返済した場合、より高額の借入が可能になります。借入・返済のルールがいわゆる動学的インセンティブシステムに成っています。こうした共通のシステムの下、治験群の農家には借入時に、電子的に指紋のスキャン画像を取ることを要求し、対照群の農家には要求しない、という差別化をします。そして、シーズンの収穫時期後に集金を行い、2つのグループ間で返済率がどの程度違うかを計測し、指紋押捺の借金回収の効果を検証しています。更に、貸し倒れリスクの高いタイプの農家とそうでないタイプの農家で、指紋押捺の効果に差があるかどうかも検証しています。
結論は、貸し倒れリスクの高いタイプの農家の返済率への影響は大きく、統計的に有意な効果があるが、そうでないタイプの農家は小さく有意な効果はない、というものでした。この結果は、指紋押捺することで、個人認証がより正確にできるようになるため、特に貸し倒れリスクの高い農家にとって、動学的インセンティブシステムがより機能するようになる、つまり、契約不履行の場合の将来の借り入れ機会喪失という脅しが、空脅しではなく確かな脅しとして機能するようになり返済率が高まる、と解釈できます。
*パプリカ(香辛料の原料)の輸入・加工・販売を行っているオランダの企業Cheetah Paprika Limited(CP)が、政府系金融機関のマラウィ地域金融法人(Malawi Rural Finance Corporation (MRFC))と共同で2007年に行ったプロジェクト。
2010/05/05
Kilimo Salama(安全な農業)
エントリのタイトルの”Kilimo Salama”というのはスワヒリ語で「安全な農業」という意味ですが、UAPとSyngenta Fundationが肥料輸入販売会社のMEA、モバイル・ネットワーク・プロバイダーのSafaricom、ケニア気象局、NGOのCNFA/AGMARKの協力の下、試験的に販売を始めたメイズ・小麦農家を対象とする穀物保険のことです。最近幾つかのメディアで取り上げられていて(Daily Nation 2010/03/10, Economist 2010/03/11)ずっと気になっていました。
そこで、先日その保険を販売しているUAP保険本社(在ナイロビ)を訪問し、穀物保険のプロジェクトの担当者に会って穀物保険について話を伺ってきました。
この保険商品の特徴はi)天候インデックス保険であること、ii)モバイル技術を使用し、携帯のSMS通信で保険契約を取り交わすこと、iii)保険金がモバイル・マネー(m-pesa)で支払われることにあります。以前のエントリでも紹介しましたが、ケニアではネットワーク・プロバイダーであるSafaricomのモバイル・マネー"m-pesa"がこの2、3年で急速に普及し、農村でも浸透し、m-pesaを利用した金融サービスが農村でも技術的には利用可能な状況にあるのです。
「天候インデックス」というのは雨量、日照時間、湿度というような天候に関する公に観察可能な客観的な指標です。この天候インデックスに保険金支払いの基準を関連付けた保険商品が、天候インデックス保険です(hkono氏のblogにインデックス保険について詳しい説明あり)。従来の保険だと保険業者が保険加入者の損害の程度を調査して、その結果を予め決められた保険金支払の基準と照らし合わせて、保険金支払額が決まります。一方、インデックス保険の場合、個別の損害調査は必要なく、天候観測所のデータを定期的に収集しさえすれば、保険金支払額を決定するための情報が集まります。
”Kilimo Salama”は天候インデックス保険であることに加え、携帯電話で保険契約・支払に掛かる取引が完了するものなので、保険金支払いのための被害の個別調査は必要ありません。また、掛金の回収・保険金の支払いのために保険業者の担当者がわざわざ保険加入者を訪問する必要もありません。そのため保険契約に掛かる取引費用が激減しました。そのお陰で、小規模農家を対象とする掛金のとても小さな商品でも民間のサービスとして提供可能になったのです。
この保険商品は、農業インプットとの抱合せという形で販売されていて、農業インプットの販売店で、肥料・種子・薬品を購入するときに、加入できます。掛金はインプットのコストの10%なのですが、その内の5%は農業インプットの販売会社が支払うことになっているので、実際農民が支払う掛金はインプットコストの5%です。保険はインプットのコストをカバーしていて、旱魃や大雨などで天候インデックスがある基準範囲から乖離した場合、農民の購入したインプットの代金がm-pesaを通じて払戻される仕組みになっています。
この商品の普及の一つのカギは、他の保険商品と同様、掛金を抑えつつ如何に損失リスクを軽減させるか、にあります。そうするためには、天候インデックス穀物保険の場合、穀物の単収と強い相関もった天候インデックスを採用する必要があります。これは、極端なケースを考えると分かりやすい論理です。例えば、天候インデックスが収量と無相関の場合、その保険商品はギャンブルと同じで、天候による損失リスクを軽減しませんから、リスクを嫌う農民は加入しません。逆に完全に相関している場合、損失リスクが確実に軽減しますから、同じ掛金・保険支払のもとでより多くの農民が加入します。
"Kilimo Salama"では、降水量を天候インデックスとして採用していますが、色々と問題点もあるようです。まず、雨量の観測点から離れるにつれ、雨量のレベルが違ってくる。地形によっては、少しの距離の違いでも、雨量が大きく異なることがあるようです。この場合観測点のそばでは、天候インデックスと単収の相関が高いのに、離れるにつれて相関が大きく低下するという問題が発生します。この問題を緩和するために、試験販売の対象地域に一機約4,000USDの観測機械を30台設置したそうです。この観測機械は、天候情報を収集し15分毎にモバイル・ネットワークを通じてデータセンターに自動送信するようになっています。
もう一つの問題は、保険会社が掛金・保険金支払額・支払い基準などの契約内容を策定するにあたり、対象地域の多くの地点で過去の雨量・収穫量の正確なデータが必要なのですが、そうしたデータが中々ないことです。そうしたデータは損害予測をするのにとても重要です。正確なデータがないと損害予測の誤差が大きくなり、保険商品の契約内容の策定が難しくなります。例えば、掛金が高くなりすぎたり、保険金支払い額が少なすぎたり、支払い基準が厳しすぎたりすると、農民にとって魅力的な商品ではなくなります。また、そうした内容を甘くしすぎると、保険会社の損失が大きくなり、持続可能なサービスではなくなります。"Kilimo Salama"はまだ試験的な販売なので、こうした点に関しては試行錯誤の段階のようです。
農業インプットの改良で旱魃に強い品種などが開発されており、極端な旱魃などにならない限り、在来種よりも収量が多く、更にその変動も少ない改良種などもあります。極端な天候の場合の損失リスクが軽減するような保険商品は、改良種などの技術普及へ大きなインパクトを与えるものと思われます。今後の展開を見守っていきたいと思います。追加情報があれば、また報告します。
そこで、先日その保険を販売しているUAP保険本社(在ナイロビ)を訪問し、穀物保険のプロジェクトの担当者に会って穀物保険について話を伺ってきました。
この保険商品の特徴はi)天候インデックス保険であること、ii)モバイル技術を使用し、携帯のSMS通信で保険契約を取り交わすこと、iii)保険金がモバイル・マネー(m-pesa)で支払われることにあります。以前のエントリでも紹介しましたが、ケニアではネットワーク・プロバイダーであるSafaricomのモバイル・マネー"m-pesa"がこの2、3年で急速に普及し、農村でも浸透し、m-pesaを利用した金融サービスが農村でも技術的には利用可能な状況にあるのです。
「天候インデックス」というのは雨量、日照時間、湿度というような天候に関する公に観察可能な客観的な指標です。この天候インデックスに保険金支払いの基準を関連付けた保険商品が、天候インデックス保険です(hkono氏のblogにインデックス保険について詳しい説明あり)。従来の保険だと保険業者が保険加入者の損害の程度を調査して、その結果を予め決められた保険金支払の基準と照らし合わせて、保険金支払額が決まります。一方、インデックス保険の場合、個別の損害調査は必要なく、天候観測所のデータを定期的に収集しさえすれば、保険金支払額を決定するための情報が集まります。
”Kilimo Salama”は天候インデックス保険であることに加え、携帯電話で保険契約・支払に掛かる取引が完了するものなので、保険金支払いのための被害の個別調査は必要ありません。また、掛金の回収・保険金の支払いのために保険業者の担当者がわざわざ保険加入者を訪問する必要もありません。そのため保険契約に掛かる取引費用が激減しました。そのお陰で、小規模農家を対象とする掛金のとても小さな商品でも民間のサービスとして提供可能になったのです。
この保険商品は、農業インプットとの抱合せという形で販売されていて、農業インプットの販売店で、肥料・種子・薬品を購入するときに、加入できます。掛金はインプットのコストの10%なのですが、その内の5%は農業インプットの販売会社が支払うことになっているので、実際農民が支払う掛金はインプットコストの5%です。保険はインプットのコストをカバーしていて、旱魃や大雨などで天候インデックスがある基準範囲から乖離した場合、農民の購入したインプットの代金がm-pesaを通じて払戻される仕組みになっています。
この商品の普及の一つのカギは、他の保険商品と同様、掛金を抑えつつ如何に損失リスクを軽減させるか、にあります。そうするためには、天候インデックス穀物保険の場合、穀物の単収と強い相関もった天候インデックスを採用する必要があります。これは、極端なケースを考えると分かりやすい論理です。例えば、天候インデックスが収量と無相関の場合、その保険商品はギャンブルと同じで、天候による損失リスクを軽減しませんから、リスクを嫌う農民は加入しません。逆に完全に相関している場合、損失リスクが確実に軽減しますから、同じ掛金・保険支払のもとでより多くの農民が加入します。
"Kilimo Salama"では、降水量を天候インデックスとして採用していますが、色々と問題点もあるようです。まず、雨量の観測点から離れるにつれ、雨量のレベルが違ってくる。地形によっては、少しの距離の違いでも、雨量が大きく異なることがあるようです。この場合観測点のそばでは、天候インデックスと単収の相関が高いのに、離れるにつれて相関が大きく低下するという問題が発生します。この問題を緩和するために、試験販売の対象地域に一機約4,000USDの観測機械を30台設置したそうです。この観測機械は、天候情報を収集し15分毎にモバイル・ネットワークを通じてデータセンターに自動送信するようになっています。
もう一つの問題は、保険会社が掛金・保険金支払額・支払い基準などの契約内容を策定するにあたり、対象地域の多くの地点で過去の雨量・収穫量の正確なデータが必要なのですが、そうしたデータが中々ないことです。そうしたデータは損害予測をするのにとても重要です。正確なデータがないと損害予測の誤差が大きくなり、保険商品の契約内容の策定が難しくなります。例えば、掛金が高くなりすぎたり、保険金支払い額が少なすぎたり、支払い基準が厳しすぎたりすると、農民にとって魅力的な商品ではなくなります。また、そうした内容を甘くしすぎると、保険会社の損失が大きくなり、持続可能なサービスではなくなります。"Kilimo Salama"はまだ試験的な販売なので、こうした点に関しては試行錯誤の段階のようです。
農業インプットの改良で旱魃に強い品種などが開発されており、極端な旱魃などにならない限り、在来種よりも収量が多く、更にその変動も少ない改良種などもあります。極端な天候の場合の損失リスクが軽減するような保険商品は、改良種などの技術普及へ大きなインパクトを与えるものと思われます。今後の展開を見守っていきたいと思います。追加情報があれば、また報告します。
Labels:
m-pesa,
ケニア,
マイクロ保険,
天候インデックス保険
登録:
投稿 (Atom)