2009/12/12

貯蓄制約とモバイルマネー

「貯蓄制約(savings constraints)」という言葉はあまり聞き慣れませんが、Dupas and Robinson (2008)のタイトルの一部で、フォーマルな金融サービスへのアクセスが悪く、安全に貯蓄する手段が無い状況を指しています。論文では、この貯蓄制約のせいで、途上国の人々は効率的に資産を構築できずに色々と不利益を被っているのではないか、そうだとすれば、安全に貯蓄する手段を与えてあげれば、色々と良いことがあるのではないかという期待のもと、流行りのフィールド実験を2006/07年にかけてケニアで行います。対象はブマラ(ウガンダの国境に近い小さな町)の小規模自営業者で、無作為に選んだ被験者の約半数に、村の銀行の貯蓄口座を利用できるオプションを与えます。

この銀行の口座を開設するための費用は通常450Ksh(1USD=75.6Ksh 2009/12/08現在)で、金利は無く、引出し手数料がかかります。手数料は引出し額500Kshまで30sh、500shから1,000shまで50sh、1,000sh以上は100shとなっています。金利0%に加えこの手数料ですから、実質的に名目金利もマイナスです。インフレ率が高いので実質金利は当然マイナスです。(ちなみに、2007年のインフレ率は13%。)それなら、タンス預金の方が良いではないかと思うかもしれませんが、家で現金を蓄えるというのも中々難しいんです。現金を手元に置いておくと盗まれるかもしれないし、ついつい誘惑に負けて使ってしまったり、夫にせびられたりかもしれない。また、拡張家族(extended family)内の助け合いは当然ですから、親戚の子の入学金が必要だとか、おばさんが病気だと言われれば金を貸さない訳にはいかないんです。手元にお金が無ければ、そういう個人資産形成を阻む要因をいくらか回避できるようなんです。

フォーマルな金融サービスへのアクセスが限られているからといって、タンス預金以外の貯蓄の手段が無い訳ではありません。ケニアでは、メリーゴーラウンドというROSCA(Rotating Savings and Credit Association)が非常に一般的で、多くの人々が職場の同僚と、同業者と、あるいは近所の友人などとROSCAグループを作り資産形成やメンバー間のお金の貸借を行っています。取引費用を考慮すると、メリーゴーラウンドもやはりマイナス金利での貯蓄になるので、タンス預金より良い理由を学者があれこれと考察しています。

例えば、Gugerty (2007)はメリーゴーラウンドへの参加は貯蓄へコミットするための手段だ、と言っています。要するに手元にあると誘惑に負けて使っちゃうから、簡単には使えないようにROSCAに参加して半強制的に貯蓄するってこと。Anderson and Baland (2002)は、キベラ地区(ナイロビの最大のスラム)で、既婚女性のメリーゴーラウンドの参加率が高いことに着目し、特に女性が配偶者から資産を守るツールとしてのROSCAの機能にフォーカスしています。

これなら、フォーマルな金融サービスへのアクセスが無くてもさして困らなそうですが、メリーゴーラウンドではお金の引き出しのタイミングの融通が効かないというデメリットがあります。典型的なメリーゴーラウンドでは一月に一回程度開かれる会合で10-15人程のメンバーが一定額を拠出し、プールしたお金をメンバーの一人が順番でもらいます。自分の順番がどのくらいの頻度で回ってくるかは、会合の頻度とメンバーの数で決まってきますが、典型的なものでは半年から1年半に一度です。誰が次にもらうかは事前に順番が固定されているので、お金が入用なとき自由に引き出せるというものではないのです。(ただし、私の友人などからの情報では、プール金をもらう順番を譲りあったり、金銭で取引したりと割と弾力的な運用をしているケースも多いとのことです。)あとデメリットが他にあるとすれば、ROSCAは定期的に会合に参加するのが必須ですから、機会費用が高い個人は定期的な会合に出るのが負担になるかもしれません。(多くの人は月に一度の友人との楽しい会合と喜んで参加しているようですが。)

ちょっと話がそれましたが、Dupas and Robinson が行った実験では、口座開設のための費用はプロジェクトで肩代わりし、治験群の被験者は無料で口座を開設できるようにしています。この口座開設から18ヶ月間の治験群、対照群の両被験者の行動を観察し、口座開設の効果を分析しています。分析結果は、治験群の中で実際に口座を開設し、運用した割合は女性の方が高く、彼女たちのビジネスへの投資は統計的に有意に増加したそうです。消費財の支出も増えており、所得への正の効果を示しています。また、銀行口座への貯蓄が増えても、他のインフォーマルな貯蓄(ROSCA)をクラウディングアウトしたという証拠もない、というものでした。

サンプル数が少なく、統計的にちょいと曖昧な部分もあるのですが、もしこの結果が本当でかつ他の地域への一般化も可能だとすれば、現時点ですでに田舎でもかなり普及しているモバイルマネー(Safaricomのm-pesaなど)の家計への影響は相当あるはずです。M-pesaは2007年3月にモバイル・ネットワーク・プロバイダーであるSafaricomが提供を始めたサービスで、預金、送金の手段として、その取引手数料の安さと携帯電話での簡単な操作で取引可能な利便性の高さから、人気がすごいんです。なんせ、普及のスピードがすごい。下のグラフ、青いラインがm-pesaの利用者、赤いラインがm-pesaの取扱い店舗数です。



m-pesaの取引手数料は実験で使われた貯蓄口座のものよりずっと安いし、Safaricomのシムカードを持っていたら、20KshでM-pesaアカウントを開設できるんです。治験群に与えられた「村の銀行で貯蓄口座を開設できるオプション」よりずっとましなサービスですから、そのビジネスへの効果、所得への効果は大きいはず。また、他者の目に容易に見えない形で個人の資産形成が低コストで可能になるということですから、長期的には色々な方面に影響が出そう。拡張家族間の互恵的な助け合いという文化にも影響がでるだろうし、家族内での資産・資源配分の変化による夫婦間の力関係にも影響しそう。

十年後には、ケニアでも核家族化が進み、女性の地位が向上してるかも?少子化も来るか?

追記:この間 mpesaアカウントを開設しました。登録料は無料でした。Feb 18, 2010

2009/12/01

宇宙時間における高度文明

船便で送ってもらった荷物を最近受け取ったのですが、文芸春秋8月号が入っていました。その中で、石原慎太郎氏がアメリカ的な物質文明の破綻を説くのに、ホーキング博士来日講演(20年くらい前)での博士と観衆とのやりとりに言及しているのですが(p135)、古い話で恐縮ですが、ちょっと面白かったのでやり取りの部分だけ抜粋します。
「この宇宙に地球ほどの文明をもった星がいくつぐらいあるのでしょうか」
「二百万ぐらいあるでしょうか」
「その中には地球より進んだ文明をもつ星も当然あるはずなのに、我々が実際に宇宙人や宇宙船を目にすることがないのはなぜか」
「地球ぐらいの文明をもつと自然の循環が狂って来て、加速度的に不安定になる。そういう惑星は、宇宙時間では瞬間的に滅びてしまうからだ」

安易に危機感を煽動する終末説には全く与しませんが、「宇宙時間」で考えたらそりゃ瞬間的に滅びるわな、と妙に納得してしまいました。宇宙物理学なんかやっていて「宇宙時間」というスケールで考えていたら当然の結末なのでしょう。

人口はどんどん増えてるし、一人当たりの消費量も増えてるのに、地球の資源は限られている。10年とは言わないが100年経ったら人類は滅んでるかもしれない、と素朴に思う人は多いと思います。が、Paul Romer は
Human beings possess a nearly infinite capacity to reconfigure physical objects by creating new recipes for their use.

と言っています。経済学者は楽観的な人が多いのでしょうか。私の好きな経済史家のEsterlineも何十年も前、マルサス的な終末説が騒がれたときに、「人口爆発」なんて起きないって言ってたし。これは今んとこあたってるかな。タイで少子化対策を考えてるそうだからね。

あーあ、「宇宙時間」で考えると自分の仕事のなんとみみっちいことか。くだらない考えはよして、論文書こう。