以前のエントリでも紹介しましたが、ケニアではモバイル・マネー(m-pesa)の急速な普及で、距離を隔てた個人間の金銭の受け渡しがここ2、3年で革命的に容易になりました。送金に掛かる手数料も少ないので、小額のやり取りにも使われます。これからは、今まで取引費用が高すぎて現実的では無かった小規模農家を対象にしたマイクロ信用・マイクロ保険などの金融サービスが色々出てくるのは間違いないでしょう。mpesaで貸してmpesaで返済してもらう、というのは技術的にすでに可能ですから、如何に低い費用で返済率の高いシステムが構築できるかで、マイクロ金融が今後発展するか否かが決まってきます。もし、小規模農家を対象とした低利のマイクロ金融が展開したら、信用制約の問題も緩和されアフリカ農村が変わるかもしれません。モバイル技術の発展でその期待はどんどん膨らんでいます。
そんな経緯で最近、どうしたらマイクロ金融の返済率が高まるかを調べています。「お金を貸すときに借りる人から指紋を取ると返済率が上がる」というのが今日読んだ Gine, Goldberg, Yang(2009)の実証的なファインディング。ちなみにGine and Yang (2008, JDE) は hkono氏のブログでも紹介されています。著者らはアフリカのマイクロ金融に関する研究課題をフィールド実験を使って実証した論文を幾つか書いていて、今回の論文もその一つです。
今回のフィールド実験はマラウィで試験的に行われた契約農業プロジェクト*の対象農家に対して行われたもので、農業インプットの掛売の集金を効率的に行う方法を検証しています。まず、1グループ15人から20人で構成されている契約農家を、グループ単位で無作為に治験群と対照群にわけます。対象農家はプロジェクトからパプリカ生産のための農業インプット(肥料・種・農薬等)0.5から1エーカー分を掛買いできますが、シーズン終了後に利息分と合わせて返済する必要があります。もし返済しなかった場合、今後掛買いの機会を失いますが、きちんと返済した場合、より高額の借入が可能になります。借入・返済のルールがいわゆる動学的インセンティブシステムに成っています。こうした共通のシステムの下、治験群の農家には借入時に、電子的に指紋のスキャン画像を取ることを要求し、対照群の農家には要求しない、という差別化をします。そして、シーズンの収穫時期後に集金を行い、2つのグループ間で返済率がどの程度違うかを計測し、指紋押捺の借金回収の効果を検証しています。更に、貸し倒れリスクの高いタイプの農家とそうでないタイプの農家で、指紋押捺の効果に差があるかどうかも検証しています。
結論は、貸し倒れリスクの高いタイプの農家の返済率への影響は大きく、統計的に有意な効果があるが、そうでないタイプの農家は小さく有意な効果はない、というものでした。この結果は、指紋押捺することで、個人認証がより正確にできるようになるため、特に貸し倒れリスクの高い農家にとって、動学的インセンティブシステムがより機能するようになる、つまり、契約不履行の場合の将来の借り入れ機会喪失という脅しが、空脅しではなく確かな脅しとして機能するようになり返済率が高まる、と解釈できます。
*パプリカ(香辛料の原料)の輸入・加工・販売を行っているオランダの企業Cheetah Paprika Limited(CP)が、政府系金融機関のマラウィ地域金融法人(Malawi Rural Finance Corporation (MRFC))と共同で2007年に行ったプロジェクト。
2010/05/11
2010/05/05
Kilimo Salama(安全な農業)
エントリのタイトルの”Kilimo Salama”というのはスワヒリ語で「安全な農業」という意味ですが、UAPとSyngenta Fundationが肥料輸入販売会社のMEA、モバイル・ネットワーク・プロバイダーのSafaricom、ケニア気象局、NGOのCNFA/AGMARKの協力の下、試験的に販売を始めたメイズ・小麦農家を対象とする穀物保険のことです。最近幾つかのメディアで取り上げられていて(Daily Nation 2010/03/10, Economist 2010/03/11)ずっと気になっていました。
そこで、先日その保険を販売しているUAP保険本社(在ナイロビ)を訪問し、穀物保険のプロジェクトの担当者に会って穀物保険について話を伺ってきました。
この保険商品の特徴はi)天候インデックス保険であること、ii)モバイル技術を使用し、携帯のSMS通信で保険契約を取り交わすこと、iii)保険金がモバイル・マネー(m-pesa)で支払われることにあります。以前のエントリでも紹介しましたが、ケニアではネットワーク・プロバイダーであるSafaricomのモバイル・マネー"m-pesa"がこの2、3年で急速に普及し、農村でも浸透し、m-pesaを利用した金融サービスが農村でも技術的には利用可能な状況にあるのです。
「天候インデックス」というのは雨量、日照時間、湿度というような天候に関する公に観察可能な客観的な指標です。この天候インデックスに保険金支払いの基準を関連付けた保険商品が、天候インデックス保険です(hkono氏のblogにインデックス保険について詳しい説明あり)。従来の保険だと保険業者が保険加入者の損害の程度を調査して、その結果を予め決められた保険金支払の基準と照らし合わせて、保険金支払額が決まります。一方、インデックス保険の場合、個別の損害調査は必要なく、天候観測所のデータを定期的に収集しさえすれば、保険金支払額を決定するための情報が集まります。
”Kilimo Salama”は天候インデックス保険であることに加え、携帯電話で保険契約・支払に掛かる取引が完了するものなので、保険金支払いのための被害の個別調査は必要ありません。また、掛金の回収・保険金の支払いのために保険業者の担当者がわざわざ保険加入者を訪問する必要もありません。そのため保険契約に掛かる取引費用が激減しました。そのお陰で、小規模農家を対象とする掛金のとても小さな商品でも民間のサービスとして提供可能になったのです。
この保険商品は、農業インプットとの抱合せという形で販売されていて、農業インプットの販売店で、肥料・種子・薬品を購入するときに、加入できます。掛金はインプットのコストの10%なのですが、その内の5%は農業インプットの販売会社が支払うことになっているので、実際農民が支払う掛金はインプットコストの5%です。保険はインプットのコストをカバーしていて、旱魃や大雨などで天候インデックスがある基準範囲から乖離した場合、農民の購入したインプットの代金がm-pesaを通じて払戻される仕組みになっています。
この商品の普及の一つのカギは、他の保険商品と同様、掛金を抑えつつ如何に損失リスクを軽減させるか、にあります。そうするためには、天候インデックス穀物保険の場合、穀物の単収と強い相関もった天候インデックスを採用する必要があります。これは、極端なケースを考えると分かりやすい論理です。例えば、天候インデックスが収量と無相関の場合、その保険商品はギャンブルと同じで、天候による損失リスクを軽減しませんから、リスクを嫌う農民は加入しません。逆に完全に相関している場合、損失リスクが確実に軽減しますから、同じ掛金・保険支払のもとでより多くの農民が加入します。
"Kilimo Salama"では、降水量を天候インデックスとして採用していますが、色々と問題点もあるようです。まず、雨量の観測点から離れるにつれ、雨量のレベルが違ってくる。地形によっては、少しの距離の違いでも、雨量が大きく異なることがあるようです。この場合観測点のそばでは、天候インデックスと単収の相関が高いのに、離れるにつれて相関が大きく低下するという問題が発生します。この問題を緩和するために、試験販売の対象地域に一機約4,000USDの観測機械を30台設置したそうです。この観測機械は、天候情報を収集し15分毎にモバイル・ネットワークを通じてデータセンターに自動送信するようになっています。
もう一つの問題は、保険会社が掛金・保険金支払額・支払い基準などの契約内容を策定するにあたり、対象地域の多くの地点で過去の雨量・収穫量の正確なデータが必要なのですが、そうしたデータが中々ないことです。そうしたデータは損害予測をするのにとても重要です。正確なデータがないと損害予測の誤差が大きくなり、保険商品の契約内容の策定が難しくなります。例えば、掛金が高くなりすぎたり、保険金支払い額が少なすぎたり、支払い基準が厳しすぎたりすると、農民にとって魅力的な商品ではなくなります。また、そうした内容を甘くしすぎると、保険会社の損失が大きくなり、持続可能なサービスではなくなります。"Kilimo Salama"はまだ試験的な販売なので、こうした点に関しては試行錯誤の段階のようです。
農業インプットの改良で旱魃に強い品種などが開発されており、極端な旱魃などにならない限り、在来種よりも収量が多く、更にその変動も少ない改良種などもあります。極端な天候の場合の損失リスクが軽減するような保険商品は、改良種などの技術普及へ大きなインパクトを与えるものと思われます。今後の展開を見守っていきたいと思います。追加情報があれば、また報告します。
そこで、先日その保険を販売しているUAP保険本社(在ナイロビ)を訪問し、穀物保険のプロジェクトの担当者に会って穀物保険について話を伺ってきました。
この保険商品の特徴はi)天候インデックス保険であること、ii)モバイル技術を使用し、携帯のSMS通信で保険契約を取り交わすこと、iii)保険金がモバイル・マネー(m-pesa)で支払われることにあります。以前のエントリでも紹介しましたが、ケニアではネットワーク・プロバイダーであるSafaricomのモバイル・マネー"m-pesa"がこの2、3年で急速に普及し、農村でも浸透し、m-pesaを利用した金融サービスが農村でも技術的には利用可能な状況にあるのです。
「天候インデックス」というのは雨量、日照時間、湿度というような天候に関する公に観察可能な客観的な指標です。この天候インデックスに保険金支払いの基準を関連付けた保険商品が、天候インデックス保険です(hkono氏のblogにインデックス保険について詳しい説明あり)。従来の保険だと保険業者が保険加入者の損害の程度を調査して、その結果を予め決められた保険金支払の基準と照らし合わせて、保険金支払額が決まります。一方、インデックス保険の場合、個別の損害調査は必要なく、天候観測所のデータを定期的に収集しさえすれば、保険金支払額を決定するための情報が集まります。
”Kilimo Salama”は天候インデックス保険であることに加え、携帯電話で保険契約・支払に掛かる取引が完了するものなので、保険金支払いのための被害の個別調査は必要ありません。また、掛金の回収・保険金の支払いのために保険業者の担当者がわざわざ保険加入者を訪問する必要もありません。そのため保険契約に掛かる取引費用が激減しました。そのお陰で、小規模農家を対象とする掛金のとても小さな商品でも民間のサービスとして提供可能になったのです。
この保険商品は、農業インプットとの抱合せという形で販売されていて、農業インプットの販売店で、肥料・種子・薬品を購入するときに、加入できます。掛金はインプットのコストの10%なのですが、その内の5%は農業インプットの販売会社が支払うことになっているので、実際農民が支払う掛金はインプットコストの5%です。保険はインプットのコストをカバーしていて、旱魃や大雨などで天候インデックスがある基準範囲から乖離した場合、農民の購入したインプットの代金がm-pesaを通じて払戻される仕組みになっています。
この商品の普及の一つのカギは、他の保険商品と同様、掛金を抑えつつ如何に損失リスクを軽減させるか、にあります。そうするためには、天候インデックス穀物保険の場合、穀物の単収と強い相関もった天候インデックスを採用する必要があります。これは、極端なケースを考えると分かりやすい論理です。例えば、天候インデックスが収量と無相関の場合、その保険商品はギャンブルと同じで、天候による損失リスクを軽減しませんから、リスクを嫌う農民は加入しません。逆に完全に相関している場合、損失リスクが確実に軽減しますから、同じ掛金・保険支払のもとでより多くの農民が加入します。
"Kilimo Salama"では、降水量を天候インデックスとして採用していますが、色々と問題点もあるようです。まず、雨量の観測点から離れるにつれ、雨量のレベルが違ってくる。地形によっては、少しの距離の違いでも、雨量が大きく異なることがあるようです。この場合観測点のそばでは、天候インデックスと単収の相関が高いのに、離れるにつれて相関が大きく低下するという問題が発生します。この問題を緩和するために、試験販売の対象地域に一機約4,000USDの観測機械を30台設置したそうです。この観測機械は、天候情報を収集し15分毎にモバイル・ネットワークを通じてデータセンターに自動送信するようになっています。
もう一つの問題は、保険会社が掛金・保険金支払額・支払い基準などの契約内容を策定するにあたり、対象地域の多くの地点で過去の雨量・収穫量の正確なデータが必要なのですが、そうしたデータが中々ないことです。そうしたデータは損害予測をするのにとても重要です。正確なデータがないと損害予測の誤差が大きくなり、保険商品の契約内容の策定が難しくなります。例えば、掛金が高くなりすぎたり、保険金支払い額が少なすぎたり、支払い基準が厳しすぎたりすると、農民にとって魅力的な商品ではなくなります。また、そうした内容を甘くしすぎると、保険会社の損失が大きくなり、持続可能なサービスではなくなります。"Kilimo Salama"はまだ試験的な販売なので、こうした点に関しては試行錯誤の段階のようです。
農業インプットの改良で旱魃に強い品種などが開発されており、極端な旱魃などにならない限り、在来種よりも収量が多く、更にその変動も少ない改良種などもあります。極端な天候の場合の損失リスクが軽減するような保険商品は、改良種などの技術普及へ大きなインパクトを与えるものと思われます。今後の展開を見守っていきたいと思います。追加情報があれば、また報告します。
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