今回我々が注目していたのは、2007年に始まった中等学校(前期)の無償化政策*(Universal Secondary Education、以下USEと記す)です。これまで行ってきたウガンダでの農村家計調査の対象地域の中等学校を中心に周り、その政策が子供たちの教育に、学校に、また地域にどういう影響を与えたのか、色々と見聞きしてきました。アポイントもなく訪問した珍客に先生・事務の方々は大変親切に対応してくれました。
ウガンダの初等中等教育システムは、初等学校(プライマリースクール)が7年間、中等学校の前期(O-level)が4年間、後期(A-level)が2年間となっています。生徒は初等学校の最終年で統一テスト(Primary Leaving Examinations)**を受け、パスすると中等学校へ進学できます。進学すると中等学校前期の最終年でまた統一テスト(Uganda Certificate of Education)があり、その成績に応じて中等学校後期への進学の資格が取得できるかどうか決まります。後期に進学した生徒は最終年(2年目)に統一テスト(Uganda Advanced Certificate of Education)を受け、その成績をもとに希望の大学・学部へ進学できるかどうかが決まります。後期へ進学しない又はできない生徒は、職業学校(教員養成学校を含む)やその他専門学校へ進学するか又は働くかを選択をします。
USE政策の対象となる生徒は、07年以降に中等学校へ進学した中等前期の生徒で、かつ初等科7年生で受けたPLEの合計スコアが、28ポイント以下の生徒達です。PLE受験者の約70−80%の生徒は、そのUSE適用基準をクリアします。ただし、無償化政策以降も、全ての公立校で授業料が無料になったわけではなく、政府の助成を受け取る学校(USEスクール)とそうでない学校(非USEスクール)があり、非USEスクールの生徒は、PLEの成績がUSE基準を満たしていても、授業料を支払います***。
今回の調査旅行では、カンパラ以東の中等学校を12校回りましたが、USEに対する教育関係者・地域住民の評価は高く、大雑把に集約すると「改善の余地は大いにあるが、良い政策だ」ということになります。特に、これまで金銭的理由で中等学校に行くのが困難だった貧しい家計の生徒に、進学できる機会が与えられた事を評価する声が多かったです。とは言え問題も多い政策です。一番の問題は、教育の質の低下の問題です。生徒数の急増に教員数・施設の拡充が追いついていない学校が多く、話を聞いた学校でも1クラスに100人以上という学校が幾つもありました。また、採点作業等の負担の増加で、教員の授業へのモチベーションが下がった、生徒の増加に伴いやる気のない生徒も増え、生徒の学力レベルが下がった、という話も聞かれました。教員不足で特に深刻なのは、理数系科目です。1学年の生徒数が100名以上の中規模の学校でも、数学・物理・化学などの教科を担当する常勤の教員が一人もおらず、非常勤教師で対応している学校が幾つもありました。ただし、理数科教員不足は、ウガンダ特有の問題ではなく、ケニアその他のアフリカ諸国でも同様の問題を抱えているようです。(知人がケニアで理数科教育強化プロジェクトで奮闘しています。)一般に労働市場において理工系出身者に対する需要が高く(その割に供給が少なく)、理工系出身者は教育界以外により良い就業機会があるということの証左だと思われます。
USE校の教育の質の低下に伴い、当然の反応として、金銭的な余裕がある家庭では子供を非USE校へ送ります。因みに、ウガンダでの我々の調査のカウンターパートであるマケレレ大学の調査チームの面々の子息も、皆例外なく、USE校ではなく、私学か公立非USE校に通わせています。日本の学区制の様な制度は存在しないので、金銭的な余裕がありさえすれば、学校の選択は全くの自由で遠方の学校に子供を送るというのも一般的です。学校選択が自由なので、特に私学では学校の評判を上げるのに苦心しているようです。学校の成績を上げるためにUSE校の優秀な生徒を、ヘッドハントし特待生として受け入れるケースもあると聞きました。
ウガンダの初等・中等教育の概要を把握するのに、幾つかの指標のトレンドを教育省の公式統計から拾ってみました。以下のグラフは初等・中等学校の生徒数・教師数・学校数の2000年の値を1と基準化して、その後の変化示しています。
初等・中等教育に関する指標の変化
(2000年値=1, 初等教育指標:破線, 中等教育指標:実線 )
Source: Ministry of Education and Sports
(2000年値=1, 初等教育指標:破線, 中等教育指標:実線 )
Source: Ministry of Education and Sports
USE政策は07年に開始したのですが、グラフをよく見てみると、導入前05年くらいからトレンドが変化し、急激な増加傾向を示しています。(01年から05年で中等学校数が減少しているが、どうやら教育省のデータの不備のせいで、実際には増えているようだ。)生徒数が導入以前から増加しているのは、97年導入のUPEの裨益者達が初等学校を卒業し、中等学校へ進学するケースが増えたためと思われます。(ムセベニ大統領が06年の大統領選のキャンペーンで、USEを公約していたので、USE導入を期待して進学した生徒もいると思われます。ただし、07年より前に入学した生徒にはUSEは適用されていません。)教員数も学校数も増加しておりますが、生徒の増加には追いついておらず、09年の生徒・教員比率(1,194,454(生徒数)/65,045(教師数))は18.4人で、00年と比較し悪化しています。(教師数は常勤と非常勤を区別していないので、複数校掛け持ちの非常勤教師をダブルカウントしているものと思われます。インタヴューした限りでは、複数校掛け持ちの非常勤教師は相当いました。)
今年は、07年のUSE導入後入学した生徒達が統一テスト(UCE)を受ける年で、10月・11月に行われるテストの結果が来年の初めには明らかになります。USE校と非USE校とのUCEの成績の違い、前年度との成績の比較などUSE政策の教育の達成度への影響が客観的に評価されることになります。(ウガンダの友人は公表されるデータは意図的に操作せれているだろう、と言ってますが…。)研究の題材として色々なネタを提供してくれそうなウガンダの教育部門には、しばし注目してみたいと思います。
*因みに初等学校の無償化政策(Universal Primary Education)は、1997年に始まり、公立校では原則授業料は無料となっている。UPEもUSEも大統領選での公約で、大統領選挙後に実施された。
** PLE証書を取得するのに必要な筆記試験で、英語・数学・科学・社会の4教科からなり、それぞれの科目で、1(最高評価)から9(最低)のスコアが与えられ、それらの合計点でGradeが決まる。合計で4-12ポイントがGrade1、13-23がGrade2、24-29がGrade3、30-34がGrade4となっています。Grade1-4の受験者にはPLE証書(Certificate)が授与され、進学の資格が与えられる。下の円グラフは09年のPLE受験者のGrade毎の割合を示している。(なお、受験者数データはNew Visionの記事から拾ったが、パーセンテージが記事と微妙に合わない。受験者数の間違いか、パーセンテージの計算間違いのいずれかであるが、新聞記者のご愛嬌ということで見逃して欲しい。新聞記事も(公式統計も)端から信ずるべからず。)
***一般に、公立でも元々高い授業料を課していた進学校などは政策の適用外となっている。また、私立校の中にも、USE助成を受けるUSEスクールがある。地域に公立のUSE スクールが少なく、かつ学校運営に関して一定の基準(例えば、先生の数、施設の充実度)を満たしてる場合は助成の対象になるようだ。(公式の採用基準については、現在資料を収集中。)USEスクールは、一学期あたり公立校で生徒一人につき41,000USH(約1,535円)、私立校で47,000USH(約1,760円)を受け取り、生徒からの授業料の代わりに学校運営費として運用する。公立のUSE校で助成額が少なくなっているは、USE助成の他にフルタイムの教師の給与が政府より支払われるためである。なお、学校年度(school year)は2月に始まり、12月初めに終わる。3学期(term)制である。USE助成は3月中旬に行われる教育省による人数調査(head counting)に基づき支給される。今回の学校関係者へのインタヴューの中で、政府からの支払いが遅れるため、しばしば学校運営の支障をきたすと発言する方が多かった。
理科室。
女子寮。土間の上に何と3段ベッドが並んでいた。
今回の旅の軌跡
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