少し前の話になるが、ケニアのWestern県とNyanza県に視察旅行に出かけた時に、Oyugis*でユニークな活動をしている農業インプット販売店(agrovetもしくはstockistと呼ばれている)の店主(Mr. Innocent)に出会った。店は地方の販売店には珍しく、綺麗に整理整頓されていて、奥に接客用のスペースまであった。雰囲気が少し他の販売店とは違うなと思いつつ、店主に色々話を聞いてみると、経営面で面白い話が幾つも出てきた。忘れないうちに記録しておきたいと思う。
彼は店の近所に小さい実験圃場を設置して、そこで新しいインプットや農業技術のデモンストレーションをしていている。時には販売する種子や肥料(あるいは農法)を使う区画と使わない区画を隣り合った場所に設置し、収量を比較するといった対照実験も行っているそうだ。その圃場に月2回程顧客を招待しワークショップを開き技術指導を行い、紹介した種子・化学品・肥料などを販売している。
民間セクターでは種子メーカーや流通業者が、商品の販促のためにデモンストレーション農園で技術指導を行う事はあるが、個人経営の販売店が独自に行っているケースは珍しく、驚いた。私が知っているのは高々ウガンダとケニアの事情だが、小売店の農業普及活動はBBCのWeb記事以外聞いたことが無かった。しかも、商売として成立し顧客も増えているそうで、中々やるもんだと感心した。
現代の農業技術は高収量種や化学薬品などの商品に体化しているものが多いので、技術普及が商品の販売と直接結びつくケースが多い。だから商品の販売促進のため、メーカーや販売店が普及活動をするインセンティブはある。ただし、普及活動がメーカーであれば自社製品の販売に、販売店であれば自分の店での販売に繋がらなければならない。普及活動をしても参加した農家が、他のメーカーの似たような商品を買ったり、他の販売店の商品を買ったりしては、利益に繋がらず、意味が無いからだ。だから、メーカーが自社製品を売るためには製品の差別化が必要で、メーカーが実施する普及活動ではその製品の違いをアピールしている。一方、製品の差別化が出来ない販売店では、Innocentの店で行っている様に、顧客登録をしてもらい顧客の囲い込みが必要である。顧客を囲い込むためには、ある程度顔の見える関係を築くこと大事なので、Oyugisがあまり大きな街でないのも、成功している理由かもしれない。
販売店による普及活動と商品販売の抱き合わせのビジネスモデルの成功ケースを見ると、逆に、何故これまでやられていなかったんだろう、また、何で他の店はやらないんだろうという疑問が湧く。
これまでこうした販売店がなかった理由は、ビジネスモデルも一種のイノベーションなので、そうしたアイデアを思いつき実践する人がこれまで居なかった、ということだろう。ただし、マーケットが、これまで以上にそうしたビジネスモデルが成功し易い環境へと変化しているのも事実だ。ケニアでも多くの地域で道路が良くなり市場へのアクセスが改善しているし、土地の稀少性が増し単収を上げる技術への潜在的な需要も高まっている。つまり、技術のリターンが以前より大きくなっているのだ。
他の販売店の中から追随者が出てくるがどうかは、先駆者の成功に掛かっているが、私は、Innocentの店の成功で、似たようなことを始める店が多数出て来るのではないかと予想している。どの地域でも上手く行くとは思わないが、上手く行く地域では、公的機関が行う普及活動よりも技術普及に貢献するだろう。
一般に公的機関が担う農業普及は、その非効率性が問題になることが多い。普及員があまり活動しない、あるいは、技術を紹介してもなかなか普及しないという話は良く聞く。前者は、普及員のインセンティブ・システムの構築が困難なことに起因する。後者は、紹介する技術が農民の利益に繋がらない場合が儘あるからだと思う。ある技術が儲かるか儲からないかは場所とタイミングに大きく左右されるので、プランナーによる技術の選択は容易ではない。更に、公的資金や援助で行われる場合、紹介される技術がその場所に不適合でも普及活動はしばらく続く。こうした要因で、公的な農業普及の効率性が上がらないのだ。
少なくとも、農業のポテンシャルのある地域では、農業技術の普及に対する民間部門の役割は大きくなっていくだろう。
もう一つInnocentの店で驚いたのは、彼の店では登録した優良顧客に対し、商品の信用売りをしていたことだ。担保はとらず、無利子で、支払いは収穫の後で良いという、何とも気前の良いサービスを提供していた。しかも、去年の旱魃で収穫がほとんど台なしだった時は、返済を更に1シーズン待ってあげたそうだ。信用売りをする顧客の条件は、顧客登録後6ヶ月以上たっていて、ワークショップに参加し、やる気のあるヤツだそうだ。信用売りを始めた当初は、貸し倒れが何件かあったそうだが、現在の貸出ルールを確立してからは、貸し倒れは殆ど無いらしい。ここでも、顔の見える関係を構築していることが、このシステムが機能する重要な要因になっているようだ。現金を貸すのとは違い、無駄遣いする可能性がある訳ではないので、どういう人物でどの位の土地・資産を持っているかが分かれば、返済できるかどうかの判断は難しくない。経済学で言うところの、貸し手と借りての間の情報の非対称性(貸し手が借り手のタイプが分からない)による逆選択の問題が小さいケースなのである。
今回の視察旅行でMr. Innocentと会えたお陰で、技術普及・小規模金融の発展の鍵は民間に有ということを再確認した。
*OyugisはKisiiから車で北へ30分くらいの所にあるNyanza県の街である。