2010/04/23

キリマンジャロと小規模灌漑

知合いが実施しているキリマンジャロの麓の小規模灌漑プロジェクトを見学に行きました。


建設途中の水路とキリマンジャロ
水路1メートル建設のための資材費用:2千シリング(約2400円)


農業省の一つの部署だった灌漑・排水課(branch)が、2003年の省庁再編で水灌漑省の灌漑・排水局(department)に格上げされたことが示唆するように、ケニア政府は安定的な食料生産、農業生産性の増大、そして農民の生活改善の手段として、灌漑に以前にも増して着目しています。というのも、ケニアは国土の約80%が乾燥・半乾燥地域に分類される乾いた国ですから、天水に頼って安定的に農作物を生産できる地域が、限定されています。天水農業が可能なところは一般に人口密度が高く、そのために一戸あたりの作付面積が小さいので、少ない土地でできるだけ収穫量を増やすような技術(化学・有機肥料、高収量品種など)は、20年以上前からすでに取り入れられています。そうした地域で今後生産性を飛躍的に高めることは難しいでしょう。乾いた地域が多く、天水で農業が出来るところも、もうその潜在力をかなり使いきっている、という状況ですから、農業生産を増大させるためにできることは限られています。数少ない選択肢の一つが半乾燥地域への灌漑です。雨量は少ない(または不安定だ)が近くに水源が確保できる地域に灌漑施設を建設して、安定的に農業生産が可能な地域にする、というものです。

FAOのAQUASTATによると、灌漑可能なエリアは539千へクタール(耕作面積全体の9.5% 2003年統計)で、1993年の時点でその12%(66.6千ha、耕作面積の1.2%)、2003年の時点でその19%(103千ha、耕作面積の1.8%)のエリアで灌漑が敷設されています。また、水灌漑省の2005年の水開発報告によると、近年増加率が最も高いのが今回見学させて頂いたタイプの灌漑で、小規模農家が集まって作った水管理組合が運営する、いわゆる小規模灌漑です。その敷設面積は2003年に民間の商用灌漑施設(この分類の定義に関する説明はありませんでしたが、おそらく園芸作物などを生産する私企業・大規模農家の灌漑施設)の面積を抜いています。

小規模灌漑のウェイトが高まっているのは、1)初期投資額が小さいこと、2)比較的少数のお互いに近隣に住む受益者達が自主的に管理運営するので「フリーライダー」の問題や「共有地の悲劇」的な問題が小さいこと、3)一般にローテクを使うので自分たちで維持管理ができること、等の理由が上げられます。とは言え、やはり零細農家が全く自前で自主的に始めるというケースは少なく、多くの場合は政府や援助機関またはNGOが初めに資金的・技術的に手助けをし、軌道に乗ったら農民達に任せると行った形式で行われています。


スキーム別の灌漑面積の推移(縦軸:ha) source: Kenya national water development report 2005, Ministry of Water and Irrigation


私が今回見学させて頂いたのが当にそういうタイプの灌漑です。もともと、この地域では何軒かの農家が川から溝を掘り水を畑に引き込んで簡単な灌漑を行っていましたが、灌漑の効率が悪くごく限られた農家にしか水が行き渡っていませんでした。そこで、同じ水源でより広い地域で水を引き込めるような効率の良い灌漑の技術を紹介し、より多くの農家が安定的な農業生産をできるように、暮らしぶりがよくなるように促す、というのが私の知人が担当しているこの灌漑プロジェクトです。2005年に始まって今年の12月で支援は終わりますが、プロジェクト終了後に参加住民が自主的に灌漑維持管理また水路の拡張ができるように、これまでの活動の中で指導してきたようです。

プロジェクトのインパクト評価はこれからだそうですが、現地の農民から話を伺ったところ灌漑の農業生産への効果はやはり大きいようです。水管理組合の組合長に話によると、灌漑が可能になったことで土地の値段がここ3−4年で約2倍(50,000-80,000sh/エーカー が 100,000-150,000sh/エーカー)になったそうです。プロジェクトが始まって、実際に灌漑用水が利用できるようになったのは最近ですが、地域農民が灌漑がもたらす生産へそして収入へのプラスの影響を認識しているのは間違いありません。

プロジェクト終了後も、長期的に灌漑施設が運用され、また用水路が拡張されより多くの農民が継続的に利用出来るようになることを願います。追跡調査が可能なら、プロジェクト後の経過をフォローアップして、長期的なインパクトも評価して欲しいですね。誰もやらないようなら、私の将来の研究ネタとして密かに温めておきます。




調査旅行の軌跡


*直接関係ありませんが、日本の治水に関する歴史が纏められているなかなか面白いサイトを見つけたので、紹介しておきます。水土の礎という(社)農業農村整備情報総合センターのサイトです。

1 件のコメント:

  1. とても魅力的な記事でした!!
    また遊びに来ます!!
    ありがとうございます。

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